最初について行きたがったのはいつだったろう。
あの頃の自分は、とにかく同じ舞台に立っていたかったのだ。











その日の夜は案の定土方さんの隣で眠る事になった。いつもは手足を拘束されて、声が漏れないように 口まで拘束されるのが普通だったがその日は特に何も無く抱かれた。もしかしたら自分達の関係は 山崎や近藤さんだけでなく平隊士全員の間でも知らない者はいないぐらいなのかもしれない。 だとすれば、隠すだけ無駄と言う事だろうか。
そっと目を開ける。もう何時間も前から自分を優しく包むこの人は、 すうすうと小さく寝息を立てていた。自分は土方さんとのセックスが好きだった。変態と言われれば それまでではあるが、土方さんは確かに上手であったし、何よりこうして無防備な寝顔を一人占め 出来るのはこの上なく嬉しい。しかしそうした感情の裏には常について回るもうひとつの感情が あった。
(許して、いるんだろうか。この男を。)
外の雨が止んでいて良かったと、思う。雨とこの人が共に自分の目の前にある時、自分の中には どうしようもない憎悪が湧き上がった。…理由は判っているのだけれど。
外はしんとしていた。五月蝿い平隊士達も今はもう夢の中なのだろう。 時間を知りたくて腕時計に手を伸ばす。少しだけ襖を開けて月光に照らすと、文字盤は午前一時を 回った所だった。そっと起こさないように土方さんの腕を外す。脱ぎ散らかされた浴衣と帯を 引き寄せて静かに着直す。ふと隣にある化粧台が目に止まった。土方さんが女を連れ込んだ時に 使われるのだろう。けれど台はもうあまり使われていないのか、うっすらと埃を被っている。
(白い。)
鏡に映った自分を見てそう思うようになったのはもう随分と前からだ。 そしてその口が赤い色を吐くようになったのも随分と前からで。
(…馬鹿な男。)
土方さんは知っているのだ。知っていて、自分を抱く。共に病に犯される事を恐れず、他人を 愛するのには如何程の勇気が必要なのか。この男を馬鹿だと嘲る一方で、どこかその底知れない狂気 とも言うような愛に、自分は恐れを抱く事がしばしばあった。
「北に」
「え、」
予想していなかった声に驚いて思わず声が出た。土方さんは何時の間にか起きて、鏡の前でぼんやり している自分を見ていたらしい。セックスを終えた後の土方さんは普段より少し甘え気味になる。 自分が正座しているのを見ると、ずるずると寄ってきて膝枕を強請った。土方さんの体温は何時だって 暖かい。自分の膝でそれを感じていると、うっかり眠たくなってくる。
「北にはでかい戦艦があるらしい。幾つも宇宙を渡って来た強者がそれをまるでてめェの手足みたい に操るんだ。」
「……なら、勝てまさァ。」
「ああ。」
「土方さんは、」
言いかけて言葉に詰まった。何なのだろう、この喉を突くような痛みは。吐血でもこんな痛みは 伴わない。
「土方さんは、…北へ行くんですねィ。」
「ああ。」
「俺は」
言いかけて、だけど声にはならなかった。泣いて、いた。あの沖田総悟が。土方さんを討つと、倒して 副長の座を手に入れると。そう強がっていた男が泣いている。自分でも不思議だった。今の自分には ここで泣く理由なんて無かったから。いや、あってはいけなかったのだ。
「総悟。」
病は人を弱くするのか。こんなにも弱くなってしまった自分を両親が見たら何と言うだろうか。 …辛い。この上なく、辛かった。くしゃりと骨抜きになってしまった様に力無く崩れる。土方さんが 慌てて起き上がって自分を支えてくれたけれど、そんな優しい手ですら自分にとっては憎らしかった。
「総悟。あと少しなんだよ。蝦夷地に新しい国を作るんだ。そしたらお前の事も呼んでやる。 雪が綺麗だよ。きっとお前も気に入る。寒ければ囲炉裏を拵えれば良い。そこでやっと静かな 生活が出来る。」
「…何ですかィ、それ…。人を囲うみたいに…!」
悔しくて堪らなかった。自分の欲しい物全てを掌に乗せているこの男が。自分とは違う、純粋な 血をしていて、健康な身体を持っていて。ひとりでもすいすいと先へ進んでいけるこの男が。
「お前を愛してるんだよ。」
「…。」
「何物にも変えられないぐらい、大切なんだ。」
「俺は、嫌い。」
「…。」
「嫌いだ。だから…一人でも、平気。」
どうせ、償いから始まった愛情であるなら、そんな物は欲しくなかった。欲しくないと、 意地を張った。そんな意地でさえも見透かされている気がして、嫌だった。







「沖田さん、残られるんですね。」
翌日、寝不足と泣き疲れの赤い目を覗き込むように、山崎が話し掛けてきた。その表情は憐れみを 表している。その裏の感情を読もうとしてしまうのは、やはり自分の悪い癖だろうか。 特に返事をせずに下を向いてその場を離れようとすると、山崎は少し声を大きくして言った。
「病気、早く治ると良いですね。」
その言葉に頭が真っ白になった。いや、真っ白と言うよりかは無色に近い。ここに意識が無い感覚に 似ていた。次にはっと意識が戻ったのは乾いた音を聞いた時。音は、自分が山崎を殴った音だった。 自分はまた、泣きそうになっていたのだ。











ついて行くことを忘れた自分の精神は零落してしまえば良いと思った。
そうしていれば、きっともう誰も自分を相手になんてしたりしないから。
ただ誰も傷付けたりしないで済む、静かな場所で眠りたかった。










さがる  →→→03








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送